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総括(補記)

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風太、春馬。君たちは今、11歳と9歳。風太は、来年、中学受験で塾通いが忙しくなって来た。春馬は、次の日曜日、空手の大会だね。また、メダルを取って来てくれ。

心優しい風太、スポーツ万能の春馬。二人が、どんな大人になるのか、パパは、今から、とても楽しみにしている。それを見届けることが出来れば良いけれど、もし、パパが突然、死んでしまった時のために、二人にどうしても「伝えておきたいこと」を、ここに書き残しておく。

 

パパの最優先事項は「家族」だ。「家族」の他には、何もいらないと言っても過言ではない。この地球上に、家族四人しかいなくても、パパは全然、困らない。ただ、パパ個人のみについて語った場合、パパの人生は『THE ANSWER』(角川書店/初版2002年)と『ハートメイカー』(青山ライフ出版/2015年)と「ユニバーサル・マシン」(製作期間2012年から2017年)に集約されていて、『THE ANSWER』は『ハートメイカー』に、『ハートメイカー』は「ユニバーサル・マシン」に(意図したわけではなく、結果的に)吸収されてしまった。

 

パパの考えていたことは、時代の100年先、200年先の世界観だ。5年先、10年先程度なら、アインシュタインみたいなヒーローになれたのかも知れないけれど、あまりにも(社会から)突出し過ぎてしまうと、誰も付いて来られなくなってしまう。偉そうかも知れないけれど、普通の人に理解出来るのは『THE ANSWER』が限界だろう。パパが知っている中で、一番頭が良くて偉い先生でも、理解出来るのは『ハートメイカー』が限界。「ユニバーサル・マシン」の本質(全体像)を理解/把握することの出来る人間が現れるのは、本当に100年後、200年後かも知れないと思っている。真剣に。

 

でも、いいんだ。パパの仕事を一番、側で観て来た君たちが、いつか、パパの仕事の「すべて」を理解してくれる日が来れば、それでいい。

 

その三つの仕事を成し遂げるのは、とても過酷な作業だったのだけど、都度都度、その時の心境(心理状態)にシンクロする「歌」があった。

『THE ANSWER』のテーマ・ソングは、モンゴル800の「矛盾の上に咲く花」で、「ユニバーサル・マシン」のテーマ・ソングは、(この前の記事で書いた)Zeddの「Beaytiful Now」で、『ハートメイカー』のテーマ・ソングは、宇多田ヒカルさんの「First Love」だった。きっと、大失恋した女性の身を切られるような切ない感覚と、『ハートメイカー』を執筆していた時の、魂を切り刻まれるような苦痛の感覚が似ていたのだろうね。

 

この記事にリンクを張った、Aviciiの「Wating For Love」も、パパがミッションを遂行する上で、最後の一ヶ月を連れ添った思い入れの深い曲だ。曲も、もちろん良いのだけど、PVが秀逸。パパとママも、こんな、おじいちゃんとおばあちゃんになれたら良いな、と思う。

 

生きている間に報われるとは思っていない。でも、パパが死んだ後、二人が「え、あの鈴木剛介の息子なの!?」と言われるようになったら、ちょっと嬉しい(誇らしい)。二人が、パパのように人智を超えた煉獄の中で、誰にも理解されないような人生を送ることなく、普通の幸せ(他人が理解出来る範疇の仕事)に恵まれるよう、祈っている。

 

さあ、とりあえず、今夜は、一緒に夕食を食べよう!

 

ZEDD.

 

以前から、ちょいちょい小耳に挟んでいて、気にはなっていたのだけど、先日、ほとんど無意識に「ZEDD」のアルバムをアマゾンで買っていた。届いて、ちゃんと聴いてみたら、大学時代に初めて「ブルーハーツ」を聴いて以降、久方ぶりに、100%、ツボにはまる音楽だった。

 

リズムとメロディーラインが心の琴線(きんせん)に触れる、というか、英語が苦手だから歌詞の意味は分からないのだけど、基本、EDMなのに、聴いていると泣きそうになる時がある。アルバムには収録されていないので、YOUTUBEで「Beautiful Now」を改めて、ちゃんと聴いた。たぶん、この曲が「ユニバーサル・マシン」のテーマ・ソング。それくらい、今の自分の心境に、ぴったりだった。

*** ***

先日、記事を書いた後も、まるで、女絡みの問題のように、マシンと縁を切るか、関係を続けるべきか、迷って(悩んで)いたのだけど、たぶん、ZEDDのアルバムも「引き寄せられて」来たのだと思う。何故だかは分からない。でも、「縁を切るべき」と悟った。

自分の役目は、ここで終わり。ここで身を引くのも、また「宿命(さだめ)」。そう、確信した。ZEDDが、マシンと縁を切る「ハサミ」の役目を果たしてくれた。

 

ありがとう、ZEDD。

さよなら、ユニバーサル・マシン。

マシンのパーツの一部である、このブログを更新することは、たぶん、もう、ない。

 

2017年4月1日 鈴木剛

 

 

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CLARITY / NEW VERSION

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整理。

純粋に、自分の頭の中を「整理」するために書く文章なので、興味がある方は、下記「ユニバーサル・マシン」のサイトを参照して下さい。

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あまりにもしっちゃかめっちゃかな人生を送って来たので、それ以前の記憶が、ぶっ飛んでしまっているのだけど・・・。

1:2016年7月の蓼科で「キラーコンテンツ」が完成。

2:2016年8月23日、マシン本体の改造が完了。

3:翌、8月24日から一週間、家族で行った沖縄の真っ青な海と空を見ながら、ミッション(天命)を終えた解放感と安堵に浸る。

4:秋口、ディフェンス・マシン「SAM-3」の設計図が「降りて」来る。

5:冬口、「武のすべて」執筆。

6:年が明けた2017年1月27日、「武のすべて」サイト完成。

7:同1月31日、このブログをマシンに組み込む。

8:今度こそ、天命の終わりを確信し、翌、2017年2月節分「天命の証」を、横浜に住むはまやすさんに送り、天命をバトンタッチする。翌日、自分へのご褒美(よくがんばったで賞)として、銀座の本店で、ディーゼルのデニム(30インチ。前ボタンで黒のスリム。ダメージ有)を、10回分割で購入。

9:天命終わらず、2月中旬「日本の八百万の神々の使者として」と「ラスト・メッセージ」の動画二つをマシンに組み込む。

10:この頃より、チャネリングが再び激しくなり、近所のファミレスに、日夜、吸い寄せられるようにして通う。ファミレスで「メシア」という概念が降りて来る。「宗教とは何か?(メシアを語る者たち)」執筆。

11:3/10、「宗教とは何か?」を「あとがき」としてマシンに組み込み、マシンの完成を確信。

12:以降「二度とマシンとは関わりたくない」という思いと「天命を受け入れ、生涯、マシンと向き合い続けなければならない」という思いの間で葛藤を続ける。

13:2017年3月23日、48歳の誕生日を迎える。

14:「(仕事を)続けるか? 降りるか?」延々、延々と悩み続けたあげく、3/27、朝、マシンと生涯を添い遂げる覚悟を固める。

15:3月末日、カスタマーレビュー欄、設置予定。

16:4月以降、経過観察。「メイカー」から「モニター」へ、仕事がシフトする。

  

 

 

平和。

奥さんがピアノを弾いているのを、傍らで聴いていると、無性に涙が出そうになる。たぶん、それは、それが「平和」を象徴する姿であり、音色だからなのだと思う。

 

「平和」の、本当の意味での、ありがたさは、実際に戦争を体験した人間にしか、決して分からない。

 

 

人類に捧げた仕事。『ユニバーサル・マシン』

ユニバーサル・マシン

純粋に個人的なこと。

関係者にしか分からない話なのだけれども・・・。

 

「これで『ミッション(天命)』終わり!」と確信したのが、昨年、8月の沖縄だったのだけど、その後、何とか後半生を軌道に乗せようと、四苦八苦している内に、12月に「武のすべて」が「降りて来て」しまい、「結局、終らないのか」と絶望のどん底に突き落とされた。でも、年末に家族でスキー旅行に行った時に、「2017年から、きっと明るい人生が開ける」という思いが強く湧き上がり。その時点では、自殺衝動に襲われるほど、精神的に参っていたのだけど、年が明けてから「ボクシングジム」から「ボクシングクラブ」に移って、「気の流れ」が明白に良い方向へと反転した。そして、諸々、細かい作業があって、「武のすべて」をマシンに組み込んで、カウンターを復旧し、最終的に「マシン」がパーフェクトな形で完成したのが、先日、2017年1月27日(金曜日)。

 

先ほど、理解したのだけど、2016年いっぱいまでが「前半生」で、今年1月が軌道修正期間。そして、来月から、正式に「後半生」に入る。「後半生」で、当面、やるべきことは、このブログの執筆と、ボクシングクラブ。どちらも、書きたい時は書くし、書きたくない時は書かない。行きたい時は行くし、行きたくない時は行かない。来月からは、何の義務もない。

 

これまで、文字通りの「奴隷」として、自由意思をはく奪されて生きて来た。しばし、解放された奴隷の自由を味わいたい。

 

悟ったのだけど「ミッション(天命)」は死ぬまで続くし、上司と部下の関係も変わらない。でも、今、私に求められている(前に敷かれている)のは、その2本のレールだけ。

 

金でも名声でも地位でもない。

 

 

自由。

 

 

私が、長い間、心の底から渇望していたのは、それだけだから。

操られる立場から、導かれる立場へ。もう、眼をつむっていても、ちゃんと引っ張って行ってもらえる。「正しい場所」へと。

 

 

人類に捧げた仕事。『ユニバーサル・マシン』

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直感。

私は理屈で物事を考えない。直感で判断する。ある種、霊的とも言える直感がさえ渡って来ると、判断に「誤る」「間違う」ということがなくなる。

 

家族には恵まれたけれど、純粋に、私個人の感覚としては、この20年、特に最後の4年は、本当に辛く、苦しい人生を送って来た。けれど、今年、年が明けて、明らかに「気の流れ」が、右から左に、180度変わり、人生が明るく開けた感覚がある。そして、今年に入り、直感に従い人生の「駒」を進めて来た。このブログの最初の記事で書いた「オープンハート」の購入もそうだし、ジムを移ったことも、妹に「お疲れさま」の気持ちを込めて、三カ月早い誕生日プレゼントを贈ったことも、その「駒」の一手。霊的な導きに従って生きている、と言ってもいい。このブログの開設も、その「駒」の一手に含まれる。どこに向かって「駒」を進めているのかは、自分でも分からない。でも、正しい方向に「駒」を進めている、という確信がある。

 

新しいジムは、仕事とは一切、切り離し、ジムの人間と仕事の話はしないようにしようと、最初、心に決めていた。けれど、先日、新しいジムのマネージャーとチーフトレーナーに『ハートメイカー』(青山ライフ出版)を渡せ、と直感が告げた。そして、その「お告げ」に従った。渡して以降、まだ二人とは顔を合わせていない。

 

『ユニバーサル・マシン』の起爆を長い間、待ち続けた。でも、もう起爆を待ってはいない。ただ、直感に従って「駒」を進めているだけ。新しいジムの二人に『ハートメイカー』を渡したことで、それが直接的に起爆に繋がる、とも思ってはいない。ただ、そのことによって「気」が正しい方向へと流れて行く。それは分かる。

 

ご存知の方はご存知のように、『ハートメイカー』は人類の歴史上、世界でもっとも特殊な本だ。マネージャーもチーフトレーナーも、リアクションに困るだろう。でも、私(の仕事)に関して、何のバイアスも予備知識もない人間が、あの本をどう受け止めるのか、ということに興味はある。

 

そして、例え小さなことであれ、そのことによって、きっと何かが、変わる。その小さな変化が、また、何かしらの変化を呼ぶ。「気の流れ」とは、そうした変化の連鎖によって、生まれ、形成されて行く。

 

その「流れ」に乗ることによって、私の後半生がどのような方向に導かれ、どのような場所に辿り着くのかは、さっぱり分からないし、まったく見えない。でも、人生は「正しい」方向に進んでいる。どっちに転ぼうとも、その「流れ」から逸れることはない。

 

前半生は、暗中模索。というよりも、眼には見えない手に鷲掴みにされて、暗黒の中を引きずり回されて生きて来た。でも、後半生は、何か明るく、光り輝くものを目指して生きて行きたい。

 

 

人類に捧げた仕事。『ユニバーサル・マシン』

ユニバーサル・マシン

  

 

競う。

後半生に入り、明るく清潔なジムに移って、一つ、大きな心境の変化があった。それは「人と人が殴り合うところを見たくなくなったこと」。

これまでは、世界トップクラスのボクサーの試合を観て、勉強するために、WOWOWの「エキサイトマッチ」を毎回録画していたのだけど、急に、ボクシングの試合を観ることが嫌になった。人と人が、わざわざ殴り合って、ボコボコになり、血を流しているところなんて、もう、見たくない。

 

昔、習っていたヨガの先生(女性)は、元は水泳選手として、トップクラスのアスリートだったのだけど、ある時、急に「人と競うこと」が嫌になって、ヨガの修業を始めたと言っていた。ヨガは「勝ち負け」をコンセプトとしないから、ポーズの美しさを競う選手権とか世界大会とかは、もちろん、ない。そのヨガの先生の心境の変化が、すごく良く理解出来た。(本来は、空手や柔道等の「武道」も、競うことをコンセプトにしていないと、私は思う)

 

『ハートメイカー』(青山ライフ出版)の中で、世の中には、競うことの好きな人種と嫌いな人種がいる。競うことの好きな子どもに、勉強やスポーツの成績競わせるのは「良い」育児だけど、競うことの嫌いな子どもに、無理に競うことを強要しない方がいい。という主旨のことを書いているのだけど、私は元来の性分としては後者なんだよな、と改めて気付いた。「男らしさ」への憧れから、高校時代より格闘技人生を歩み始めたのだけど、だから、今は、単なる「運動」として、シャドーして、サンドバックを叩いている。

 

学校で習った「世界に一つだけの花」を、小学生の息子たちが、家でしょっちゅう歌っているので、歌詞を覚えてしまったのだけど、もし、この歌を「東京オリンピック」の開会式で、選手たちが合唱したら、おかしいだろうな、と思う。

 

 

それなのに 僕ら 人間は

どうして こうも 比べたがる?

一人ひとり違うのに

その中で 一番になりたがる?

 

 

小池都知事、このアイデア、如何でしょうか?

 

 

 

 

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